季節は秋

秋日和、落ち栗、鈴虫、秋声、萩の露。 秋の季語を並べてみるだけで、和やかな空気を運んでくる。 空はすでに夏色のような濃い青ではなく、うっすらと優しげな色になった。日差しも和らいで、吹いてくる風に漂うようにススキがたなびいている。 時折、火とは季節を旅や人生になぞらえるものであるけれど、たとえば秋は、旅路の終りの穏やかな日。 歩いてきた道のりを味わい、残された時間に寂しくもいとおしく思う。 ちなみに鈴虫の音と秋の風情を結びつけるのは日本人であるが、リーンリーンと闇夜に広がる虫の音に耳を傾けるだけで晩秋の訪れを知り、その趣に浸る。 これは生まれつき備わっているものではなく、経験に基づいて生まれる反応なのだそうだ。 異なる感覚の世界を知ろうとするのは、見えない場所を旅するようなものなのかもしれない。 そんな時、時節がら澄み渡る夜空に月を見る。 時節のことばに「壺中日月長」(こちゅうじつげつながし)というのがある。 要約すると、つぼの中の別天地、仙人の住むところ。 その悟りの世界は時も空間もなく、すべてのことを超えている、という意味なのだ。 長く続くコロナ禍の中では世相を離れ、心を休めるのが要になる。 身体をいたわるのと同じように歩き続けるためにも心の体力をつける工夫が大事な時代になったのだと思う。 中秋の名月も過ぎ、十三夜は十月十八日になる。

JO