年男

小生は今年が年男なのだ。 世の中では兎年は飛躍の年などとよく言われるが経験上からは特別感じたことはない。 この正月は自宅で何もせずに過ごしたので時間もあり、ふとしたことから自分の人生を振り返って見た。 子供の頃はまずは学校に行き勉強する事が義務であったが自分は遊ぶ事に夢中で親には心配を掛けたものだ。 次は就職して一生懸命に働くことなのだが、そこでも仕事は自分の夢を実現させる足掛かりにする考えで働いていた。 従って、周りに同調しずらい行動を取った事もあり上司とは当たることもよくあったものだ。 でも結果的には何十年も勤め上げる次第となったのは多くの良い同僚と上司に恵まれたせいと思っている。 そして定年後は悠々自適に暮らしたいと考えていたものだ。 だが、この人生3分割法は今になって考えが変わった気がする。 人間は機能的にも生理的にも子供から老齢になってもあまり変化するものではないのではないだろうか。 1日24時間の中で一定の時間は勉強して、一定に時間は身体が老化しないようにスポーツ等で身体を動かす。 そして、あとの時間で社会的な責任を果たすのだ。 そう考えると人は昔から良く言われるが「人生、世のため人のため」を実践してきているかどうかなのだろう。 理想だがいい個人がたくさんいれば今の世界を変えられのではないだろうか。 これは「個の時代」が来ることを予感させる。 「人間みな同じだったら成り立たない。それぞれどんな人間でも存在意義と社会的な責任を担っている。」のだから。

JO