峠の釜めし 横川

あの日はどうして無一文になってしまったのだろうか。40年も前の事で覚えていない。群馬県の横川から横浜までの乗車券と上野までの急行券を買ったら文字通り一文無しになってしまった。

福島県会津若松から自転車で南下し、日光で1泊。早朝横川を目指してユースホステルを出発した。途中いろは坂の渋滞の中で大学の友人にばったり会ったので、おそらく19歳前後の頃だと思う。足尾を通過したころ、帰りの汽車賃を払ったら全くお金が無くなってしまう事に気が付いた。水は駅で飲むにしても食事は食べる事が出来ない。ツーリングを中止して、前橋辺りで電車に乗れば少しは電車賃が浮き、その分食事を摂る事が出来る。走りながらいろいろ考えたが、水だけで走り、目的地まで行くことにした。

夕方横川駅に着き、迷ったが帰りの汽車賃を買ってしまった。文字通りの無一文になってしまった。100km近く自転車でツーリングした後の空腹感は耐えられなかった。私は駅前にあった横川の釜めしの本店に飛び込んでみた。事情を話、飯を食べさせて欲しいと懇願した。店頭にいた男性社員に、帰れ!と断られた。当たり前である。駅の待合室のベンチで横になり、夜行電車が着く明け方を待った。腹が減りすぎて眠る事も出来ない。ひもじい。釜飯の店の営業が終わったのか電気が消えたのが見えた。その時である。さっき断わられたとき、奥にいた女性2人が握り飯を作って持ってきてくれたのである。めちゃくちゃ大きい握り飯で、おそらく釜飯のカマ1杯分を握り飯にしたのだと思う。それが3ッつも包まれていた。天使に見えた。

食べながら話を伺うと、あまりに真剣に頼むのでかわいそうと思い、断った男性社員と相談し持ってきて下さったとの事である。こんなにうまい握り飯は無いと思った。涙がでた。

それ以来横川を通った時は電車であろうと車であろうと必ず峠の釜めしを買っている。 田代